DFA

 

渡米1990後を振り返ると懐かしさで一杯

2016Fumiko Looking back upon her own past
from Facebook intro: 元デモシカ先生。職歴: 新潟県立高田高校、北城高校、東京学芸大学、埼玉大学。渡米後SDSU (official volunteer professor, SWC、LJCDS、 Mesa College、Grossmont, MiraCosta, Palomar College, CSUSM等で教える。Tachibana Language Center を2008年に立ち上げたが`その直後からSan Diego 地区日本語コンテスト代表を依頼されたため立ち上げたTLCは はからずもこの企画運営のボランティア活動の100%母体となってしまった。この活動を使命とし社会還元に努めさせていただいている。

About

Palomar Collegeにて学内賞受賞2006年
Official Page for DFA recepients at Palomar College(パロマー大学公式ページ)

Fumiko is a recepient of 2006's DFA (Distinguished Faculty Awrd) at Palomar College. She is the first Japanese recepient at Palomar College. She feels that 2000 - 2011 was the most excitiing time in her long teaching career in both countriesd.「Dr. Von Son 先生、Velasco 先生の受賞がこのあと続きました。あのころが心から懐かしい。」


「思い出しています。日本語プログラムで孤軍奮闘していた当時のこと。2005年の春にもDFAにノミネートされましたがノミネートに受理しないと受賞レースには参加できない仕組みのようでした。不思議なこともあ るなと思っていたところなんと次の年もまたノミネートされたレースに参加したのでした。これは在職中に一度しか与えられない栄えあ る賞です。」

"I'd like to express my heartt-felt appreciation here of the following teachers whose kind heart still remains or even more passionately in my heart when I look back upon my life as a language teacher: Takako Izumi sensei, Mikiko Imamura sensei, Steve Kowit sensei, Manuel Sebastian Cortes sensei, Dr. Carlos Von Son sensei. Dr. Irene Eiko Jones sensei' (her details have not yet been confirmed, but she has been searched for the past couple of months. I remember her as a warm person) .I miss all of the friends above. -Fumiko "


Reflection

日米における教師生活の最後の締めのステージとして サンディエゴ北部に位置するパロマカレッジで縁あり小さな日本語プログラムを前任者から受け継ぎしばらくほぼひとりで担当していました。1999年より毎学期二つのクラスをハーフタイムで長い間2015年まで教えました。その間、2000年から毎年九回夏には学生を日本へ引率。日本の多くの皆さんに草の根的にお世話になりました。2004年に当時はまだめずらしかったこの個人による学生引率経験について南カリフォルニア日本語教師(TJSC)のワークショップでお話しする機会がありました。学校では日本語学習の楽しみをクリエートする自我流ハイブリッド教材開発に明け暮れました。(その延長で自主教材も作り熱中しました。) その甲斐あってかこの学校の日本語学習者は全クラス合わせて数十名から増え続けピーク時には学生数が300名を超えたこともあ りました。教室には生徒が溢れ35名定員の教室に54名を収容したことも何度もあ りました。(今は机の数だけしか受け入れられないというルールができました)日本語プログラムは成長し一人で始まった教師の数も増え2011年の秋には専任教師のポジションがでるまでに大きくなり私のミッションは終了したと実感、あとはもぬけの殻に。私の日米での一生涯の長きにわたった教師生活がここで終わり次の目標へ向かいます。

今は過去の総括(日本で英語教師、アメリカで日本語教師)をする形であるプロジェクトの準備をしてきます。まとまった集中できる時が来るのをひたすら待っていますが、もっぱら今は長い間ニグレクト してきた健康管理に 努めなければいけない事情になっています。また昔続けていた音楽は私にとって命より大事なものですが、約二年前に新しい楽器バイオリンを真剣に学び始め今は某アマチュアオーケストラに参加し二月のコンサートに向けがんばっています。中学のころ自分で楽器を買い(お小遣いをためて父に少し手伝ってもらい一緒に買いに行った記憶があります。父は二月の寒い日に黒いマントを着ていたのが印象的でした。)しばらくテレビで独学をしましたがその時にまだ弾けなかったビバルディーの協奏曲イ短調第1楽章 を今弾けるので感無量です。語学の学習と同じ厳しさを味わえることは楽しみなことです。

過去の学生引率旅行などでは私達がお世話になり十分なお礼も申し上げられなくて心苦しかったのですがその感謝の気持ちを持ちながら地区日本語スピーチコンテストのお世話をすべてボランティアでさせていただいています。また最近は手芸の楽しみを教えられ襟巻、クリスマスリース、猫などの手芸を習って楽しんでいます。長い長い間忙しいばかりで見逃してきた楽しみなども探索できて大変ありがたいことです。自然を見渡せば、サンディエゴにもはっきりとした四季があること。晩秋の樹々には花が咲いたような美があることなどに気づかされまた自分が生き生かされている実感を得ます。


橘婦美子
12.24.2016 on my birthday.

tachibana.htm

以下備忘録用です。

Image expands
(This is a collage photo)

2006

 


備忘録
AsianHeritageAward
JSSDTに掲載されたお知らせ記事2006/2007年
FUMIKO'S POETRY AND MUSIC
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About

"Hi. I'm Fumiko Tachibana."
コンテストの橘婦美子です。

I am the chairperson of the annual San Diego Japanese Speech Contest totally on a volunteer basis since June 2008. Here is my greetings at the 2016 contest. Next year will be our 20th anniversary. The only special plan for this is a coffee cup production to 20 contestants and some selected number of people since it's a very limited production with a low budget.

こちら地元サンディエゴにて日本語教育推進の一環として日本語スピーチコンテストの代表を2008年に受け継いで現在に至っています。
(2016年度コンテストのご挨拶原稿。)


Fumiko's random past-highlights:
自己総括

古記録

渡米(1989年)前後の様子も少しわかるインタビュー記事12・2012 Talking a little about her background (Lighthouseライトハウス)

学内賞受賞2006/recepient of Distinguished Faculty Award from Palomar College 
Faculty Award (DFA) 2006
この学校では日本人の受賞初(語学教師初の受賞
first Japanese recepient/first languge professor recepient of the DFA award at Palomar. (Palomar College Official page)

学内新聞記事: School Newspaper coverage 2010 (Telescope)

当時JSSDTに掲載されたお知らせ記事他 2006/2007年


昔の写真: Album Story (更新なし)、すべてのよせあつめ的ページ

学生の声: Students voices ( 更新なし)



Fumiko's past creative activities included poetry-writing:
1998渡米前の創作活動(現在復活努力中)

Anthology "Other Side River" アンソロジー収録などの記録

1 Stone Bridge Press, Berkeley in 1995. poems written before the publication of "to the continent and back" published in 1989)
2.Two reviews 
3 Fumiko's Publications (random introduction)

Currently I am working on a poetry book as a product that combines my major interests in ancient Japanese language in a creative method.

Poem & Music:
詩と音楽

Lead Me to Henrinji
 
Mandala


My poem "Lead Me to Henrinji Temple" was put into an opera by Mr. Burton V. Foreman.
This music was reportedly to be used for a new movie by Tokuma-shobo but it did not happen. This song was one of the three songs performed and recorded by the Radio and Symphony Orchestra of Krakow, Poland in mid 1990's.

バートンV.フォーマン先生は昔東京東洋英和大.短大教授をなさっていましたのでご存知の方もおられることと思いますがそのころの文芸サークルのメンバーでした。(私は当時東京学芸大学で講師をしており職員室でのお仲間でした。フォーマン先生はまた本格的な優れた作曲家であり、音楽も教えておられ、東京や海外でのリサイタル、オーケストラの作曲家として発表もされていました。以下でご紹介するLead Me to Heirinji Temple は、私が書いた詩を読まれてソプラノのための曲を作られましたが、徳間書房制作の 映画にも使用されるというお話がでましたあ と、ポーランドでフルオーケストラによる演奏、録音がされました。以下の1がその音源となっています。現在90を迎えられた先生はシアトルに引退後から今日の日まで毎日精力的に作曲されています。

お宝

私のお宝写真です。

写真の中のグループ写真の中心に美智子皇后さま(妃殿下でいらしたころ)がいらっしゃいます。
(わからないほど小さくてみえませんけれど, クリックすると拡大します。1997 1998。)


お宝 Official Study Trip in Osaka, 2007
(Thanks to Osaka Jikei College and Koizumi san).
I took students to Japan annually through a decade as I talked above.
Annual Trip to Japan with Students coming later (ウェッブサイトが途中破壊したため拾い集めの工事中。すべては記録のため人い集めています。)

壊してしまった ギフトでしたが、youtube で残っています。
www.youtube.com/watch?v=IA3KBj9-Rgk


New Year's Greetings 2016
Greetings for 2017

    



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